磁力と重力の発見 (全3巻)
山本義隆[著]、
みすず書房、2003年発行 3,024円、3,024円、3,240円



 以前から気になっていた本である。全3巻でボリュームがあるので、書店の書棚の前で立ち止まって考えては、「今度にしよう」と買わずに来た本であった。今回は図書館で借りた。
    第1巻 古代・中世
      第1章 磁気学の始まり
      第2章 ヘレニズムの時代
      第3章 ローマ帝国の時代
      第4章 中世キリスト教世界
      第5章 中世社会の転換と磁石の指向性の発見
      第6章 トマス・アクィナスの磁力理解
      第7章 ロジャー・ベーコンと磁力の伝播
      第8章 ペトロス・ペリグリヌスと『磁気書簡』
    第2巻 ルネサンス
      第9章 ニコラウス・クザーヌスと磁力の量化
      第10章 古第の発見と前期ルネサンスの魔術
      第11章 大航海時代と偏角の発見
      第12章 ロバート・ノーマンの『新しい引力』
      第13章 鉱業の発展と磁力の特異性
      第14章 ロジャー・ベーコンと磁力の伝播
      第15章 後期ルネサンスの魔術思想とその変貌
      第16章 デッラ・ポルタの磁力研究
    第3巻 近代の始まり
      第17章 ウィリアム・ギルバートの『磁石論』
      第18章 磁気哲学とヨハネス・ケプラー
      第19章 一七世紀機械論哲学と力
      第20章 ロバート・ボイルとイギリスにおける機械論の変質
      第21章 磁力と重力  −−−− フックとニュートン
      第22章 エピローグ  −−−− 磁力法則の測定と確定


 大作である。
 私は高等学校の物理で万有引力の法則も電磁気に関するクーロンの法則も習った。ともに、距離の二乗に反比例して力が弱くなる。数式で書けば、ともに分母にr2が現れる。何となく、「同じような力なんだ」と思った。しかし、磁力、重力が数式として定式化されるまでには2000年近い時間がかかった。そして、その間、中世の暗黒と言われるような時代にもそれなりの発展があり、ニュートンの万有引力の定式化に繋がって行くというのがこの本の構想である。
 考えてみると、磁力というのは大変特殊なものである。身近にある遠隔力は電磁力、重力であるが、重力、静電気力は牽引力が弱く(静電気力は弱くはないかもしれないが、琥珀が藁屑を引きつけるような現象のみが対象になっている限り力を測るのも難しいだろうし、なにを測っているかも判然としなかったかもしれない。)ただ磁力のみが、感知できる遠隔力であった。しかし何の接触もしないのに力を及ぼすということは人間の理解を超えたところにあり、いろいろな、今から見れば的外れな説明がなされた。磁性体および鉄には「通孔」があって、「磁気発散気」がそこを通ることによって力を及ぼすといった説明など、なんとか説明しようと言うあがきが感じられる。
 ギリシャ哲学の伝統はことの本質を理解した上で説明しようというものであったから、磁気などについては的外れな「本質理解」とそこから発する今から見れば「奇妙」としか言いようのない説明がなされたのも、真剣な思索の結果だったのだ。それに対して、本質の理解はさておいて現象を見つめようという精神は中世では「魔術」に結びつくことになったようだ。この本では「魔術」に対して積極的なものとして評価している点が新鮮であった。この立場は、現象が数理的に定式化でき、関連事項が無理無く説明できれば、その原因、本質は理解できなくても先に進むというのが最終的に近代科学の方針に結びついて行く。
 ケプラーは三法則を打ち立て太陽系の惑星の運動を解明したが、その力としては当時唯一の遠隔力として理解出来た「磁力」と考えたようである。万有引力の法則の定式化は最終的にニュートンの手に委ねられることになるが、そのニュートンも研究の大半を錬金術に費やすなど、決して新時代の人物ではなかったのである。
 なお、万有引力の法則はニュートンによって定式化されたが、磁力の定式化はクーロンにまで持ち越されることになる。磁性に関しては「単磁荷」は存在せず、常にNSが対になった磁気モーメントとして存在するため、測定が困難だったことが第1の原因だったろう。あたらな技術で人工磁石が作られるようになり、長い磁石の一方の極を「単磁荷」と考えられるような実験が出来るようになって初めて磁力の定式化は可能になったのである。
 今まで聞かされて来た西洋の科学史が現在に向けて、ある意味ではいいとこどりの一直線の歴史記述であったのに対し、今までは影の部分と見られていた「魔術」や「民間技術」にも光を当てて、紆余曲折のある科学の進歩を描いた、読み応えのある本であった。(2014.05.04)    




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