ゆでたまごを回転させると立ち上がることは広く知られているらしい。こんな書き方をするのは「私は不覚にも知らなかった」ということである。試しにゆでたまごを回してみたところ、完全に立ち上がるまでは行かなかったが、傾いて回った。もっと高速回転させることが必要らしい。 下村先生は慶応大学の法学部で文系の学生の物理を教えている。専門は流体力学とのこと。ケンブリッジへの留学の目的はもちろん「ゆでたまごが立ち上がる現象の解明」ではない。2年の留学期間の約半分を終え、少し研究に行き詰まっているときに気晴らしに聞きにいったモファット先生の講演会が「オイラーディスク」に関するもので(この運動も完全には解明されていないらしい)その最後に「ゆでたまごの回転立ち上がり」を取り上げ「ケンブリッジの数学の試験にちょうど良い問題」と紹介したらしい。難しい未解決の問題だと思っていた下村先生はちょっとがっくりしたそうだが、いくら計算し直しても卵は立たないという結論にしかならない。そのことを伝えると「共同研究しよう」ということになった。お互いの計算をつきあわせたところ、モファット先生の計算に見落としがあり、まだ問題は解決されていないことが明らかになった。それからは下村先生は主としてコンピュータを用いたシミュレーションを担当し、モファット先生は数学的な解析を行うというようなやり方で研究が進められた。ほぼ球形の逆立ちゴマが逆立ちするメカニズムは60年ほど昔に解明されたが、卵は球ではないし、たとえ回転楕円体と近似したとしても、回転の際の「運動定数(保存量)」が存在しないので(球形ゴマなら存在する)運動方程式は解けないのだが、高速回転の際には「運動定数(保存量)」が存在すると考えてよい状況になり、方程式が解けることになるという。ここまでの解析結果は2002年のネイチャーのイースター号に掲載された。イースターの主役は卵なのだから。 この計算途中で下村先生は卵が立ち上がる前にジャンプするらしい計算結果を得る。初めはモファット先生は信じなかったが、「そんなにいうなら、ジャンプの高さや滞空時間を計算してみろ」ということで、計算を行い、卵がジャンプすることを計算で示すことは出来た。この辺りまではケンブリッジ滞在中に行えたらしい。日本に帰ったからは、卵の立ち上がりの詳細な論文の作成、ジャンプの論文の作成が始まる。あとは実験的にも確証を得なければならないということで、慶応大学のスタッフとチームを組み、金属性の回転楕円体の回転立ち上がりを、画像と、跳び上がって落下する際の音と、キャパシタンスの変化で追跡し、みごとにジャンプの実験的な証拠を手にれた。 一般向けの本だから運動方程式などの細かい議論は出てこない。それでも十分難しいかもしれない。それを補うのが留学の際のこぼれ話、ケンブリッジ大学の歴史と伝統の実在感、日常生活、研究者との交流などの話である。慶応大学でどんな講義をしているのかも簡単に紹介されている。 読んでいて楽しい本だった。 なお、YouTubeに下村先生がセミナーでゆで卵の回転立ち上がりとジャンプの話をした記録が投稿されている。ゆで卵の回転立ち上がりの実演は一見の価値がある。本と合わせてみると理解も増すだろう。 (2014.09.16) |