人類が絶滅する6つのシナリオ  --- もはや空想ではない終焉の科学---
フレッド・グテル[著]、夏目大[訳]
河出書房新社、2013年発行 2200円 + 税



 磯子区役所地下の横浜市立図書館磯子分館で見つけた本である。著者は科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」の編集長だそうで、この本が最初の著書とのこと。研究者が書くと自分の研究にこだわった話になり、そこに面白さもあるのだが、科学雑誌の編集長という立場なので、もう少し概観的に書くことになったのだろう。それでも、地球史、生物進化、気候変動、生態系などの基礎的な知識は求められるだろう。深みはないが、読みやすく、一通り(以上?)のことは分かる。この方面に興味を持って読みあさっている人にとっては新鮮味は無いかもしれないが、入門的な書物としてはよくかけているのではないかと思った。
 「はじめに」と「終わりに」を除いて中身は6章。初めの4章は自然の営みの流れのなかで人類が滅びて行くシナリオ。もちろん自然の営みのなかには人間の営みも含まれるから、人間の及ぼす力が関係ない訳ではないが、残りに2章のように人間の意思が前面に出てこない。残りの2章は、人間の「悪意」によって人類が絶滅する可能性を描いている。私のコメント、感想を交えながら紹介しよう。

  
  • はじめに  
  • 第1章 世界を滅ぼすスーパーウィルス
  • 第2章 繰り返される大量絶滅
  • 第3章 突然起こりうる気候変動
  • 第4章 生態系の危うい均衡
  • 第5章 迫り来るバイオテロリズム
  • 第6章 暴走するコンピュータ
  • おわりに -- 創意工夫のみが人類を救う

 第1章 鳥インフルエンザのウィルスがもし人間の間でもうつって行く力を得たとしたら、大変な流行になるかもしれない。鳥インフルエンザの感染力、死亡率は非常に高い場合がある。特に人間は免疫を持っていないし、もし流行し始めるとしてどのタイプのウィルスが流行するか予測はつかない(ウィルスは簡単に突然変異し、時には大変悪性のものになりうる)から、あらかじめワクチンを用意する訳にも行かない。流行が始まってから、ワクチンを用意することになるが、感染力が強く、死亡率の高いウィルスなら、対策は手遅れになる可能性が強い。著者は、最悪のシナリオをSF風に描いているが、まさに小松左京の「復活の日」の世界である。「復活の日」では死亡率100%であるが、もう少し現実的な数字にはなっている。もう一つ異なるのは、「復活の日」のウィルスが生物(?)兵器として開発されたものであるのに対して、この本のウィルスは突然変異で自然界に現れる点である。しかし、対策が後手に回り、破局を迎える点は全く同じである。
 第2章 今から6500万年前(中生代と新生代の境界)に恐竜を含む数多くの生物種が滅亡したことは多くの人が知っている。メキシコのユカタン半島に落ちた直径15kmの天体によってこの絶滅が起こったとされている。この絶滅は地質学的な時間感覚では「一瞬」にして起こったが、人間的な時間感覚では随分時間(100万年というような)がかかっている可能性がある。
 生物が引き起こした大量絶滅については、シアノバクテリアによる大気の組成組み替えをあげている。シアノバクテリアはせっせと酸素を放出し、それまで栄えていた嫌気性生物を駆逐した。私が思うに、これは世界大戦で自分達には耐性のある毒ガス(ウィルスでもいい)を散布して敵を完膚なきまでに倒したということで、自分たちは新しい環境のなかで安穏に暮らせた。今問題になっている二酸化炭素による温暖化問題は、自分たちも滅びてしまう可能性が強いから、シアノバクテリアの例と較べるのは不適切であろう。むしろせっせと炭酸ガスを酸素に変え続けた結果温室効果が利かなくなり全地球凍結に至ったという話の方が、比較の対象としてはよいような気がする。
 恐竜の絶滅程有名ではないが古生代と中生代の境界(2億5000万年前)では存在種の90%が絶滅するという、地球史最大の絶滅が起きている。この原因は天体衝突ではなく、おそらく温暖化ではなかろうかといわれている。絶滅にかかった時間は1000万年より短く、場合によっては100万年よりもずっと短い可能性もある。人類はいろいろな種を滅亡に追いやって来たが、ホモサピエンスは出現してからせいぜい10万年であるから、現在の絶滅のスピードは異常に大きいといえるかもしれない。著者は、生物種がある程度減ると一気に絶滅に突き進む可能性も指摘している。
 第3章 池の水質汚染の話で始まる。池に肥料が流れ込むと初めは変化がないがある時点で急激に汚染が進む。この点を「ティッピング ポイント」という。気候変動にもこのようなティッピング ポイントがあり、急激な気候変動が発生するのではないかと著者は指摘する。地球のいろいろなシステムには負のフィードバックが働いて、安定が保たれると考えられて来た。しかし、正のフィードバックが起こる場合もある。氷がはりつめれば太陽光線を強く反射するようになり、地表が吸収する太陽熱は減り、氷はますます増える。あるいは、大気中の二酸化炭素が増えると気温が上がり、海水の蒸発が強まり雨が多くなり、風化が進み地殻から二酸化炭素が放出され、ますます気温が高くなる。この正のフィードバックがどこかの時点で急激に加速されれば、その変化は生態系を破壊するのに十分であろう。最近では二酸化炭素の大気中への放出のように、人間の活動が気候変動の原因になっている可能性も指摘されている。気候変動で恐ろしいのは、変動が始まったらそれを押さえるのはほぼ不可能と考えられる点である。
 ここからは私のコメントである。現在の地球が氷漬けでも灼熱地獄でもないということは、地球というシステム全体では負のフィードバックが働いて来たということなのだろう。しかしそのフィードバックが人間の許容範囲か否かは分からない。スノーボールアースの仮説に従えば、氷漬けの状態から摂氏50°程度の気温までの変化時間は数十年ともいわれる。年間平均気温が1°上がっただけで農作物は絶大な被害を受けるだろうといわれている。人間を除いた現在の生物の環境に対する許容範囲は非常に狭い。
 第4章 人間は狩り、あるいは漁によっていろいろな動物種を絶滅に追いやって来た。著者は生態系における一つの種の絶滅は生態系全体に影響を及ぼす可能性があり、種の多様性がある時点まで失われると生態系全体の崩壊が起こる可能性を指摘している。また、農業により広範囲に限られた種の作物を工作する農業により、病原虫、細菌感染に対する危険度が高くなっていることも指摘している。
 昔、授業で放射線を用いた害虫撲滅の話題を取り上げていた。「害虫といえども、絶滅させるのはいいのか」「生態系が乱されるのではないか」--- 「天然痘を撲滅したが、みんな喜んだのではないか?」「人間は、自身の存在が危険にさらされるものに対してそんなに寛容でない。」「生態系保存といっても、人間の許容範囲での話ではないのか」--- 「害虫っていうけれど、人間に都合が悪いから害虫というのだろ」「第1、広い土地全体に同じ作物を植えるようなことをするから、それを餌にする生物が大量発生することになるんだ」などなど、学生の意見と、私の意見を取り混ぜて紹介した。そもそも、生態系に人間は含まれるのか? もし含まれるなら、生態系を一番乱しているのは人間だろう。生態系保存などといえた義理ではない。多分、生態系には人間は含まれない。「生態系保全」というのは「外来動植物の駆除」とほぼ同じ意味だそうだ。いつから外来とするかで駆除の対象も変わってくる。ある先生に聞いたら、「学会では明治初年の状態に戻すとしている」とのことであった。シロツメクサは江戸時代、稲はもっとずっと昔に入って来たので、駆除の対象にはならないとのこと。もっとも植物はあまり駆除の対象とは考えていないようで、問題は昆虫(例えばウリミバエ)や動物(マングース、ブラックバス)であるとのこと。ヒトを除いて地球の生物圏を議論しても意味が無いと思うのだが、他の生物は駆除できても、人間を駆除することは出来ない。
 第5章 第一章のインフルエンザウィルスは自然界で突然変異を起こし誕生するが、この章で取り上げる細菌、ウィルスは人間の悪意で誕生する。例えば「天然痘」を細菌兵器にしたらどんなことになるか。最近の世界情勢とテロリズムの隆盛を見ると可能性はあるだろう。現在はまだ技術的に難しいものであっても、10年もしたら陳腐化しているかもしれない。著者もいうように、「高校生でも作れる」ことになるかもしれない。
 第6章 コンピュータが「進化して」人間より高い能力を持ち、人間を支配する可能性もないわけでは無いが、それはまだ遠い将来の話と考えているようだ。それより、ここでもサイバーテロが話題になっている。イランのウラン濃縮工場の遠心分離機を破壊したトロイの木馬型ウィルス「スタックスネット」の話は衝撃的だった。コンピュータ関連では有名な話なのだろうが、私は知らなかった。こんなことまで出来るのだとまさに感嘆の至りである。この技術を用いれば、銀行のネットワークや電力供給網の襲撃など簡単で、もし襲撃されれば、国家の終焉ということにもなりかねない。

【読み終わって一言】
 私がミネソタ大学のポスドクだった1976年(あるいは1977年)に「豚風邪 (Swine Flu)」の流行の兆しが見え、スペイン風邪の再来になるのではないかと騒がれ、予防注射を受けた。日本でもあんな真剣な(あるいは過剰な)反応をするだろうかと思った。
 5章、6章には9.11の記憶が重くのしかかっているようで、あの事件はアメリカにとって、敗戦に等しいくらいの重さであったのだと感じた。(20150310)    




目次に戻る
書斎に戻る

inserted by FC2 system