地球科学の分野の研究は高い性能を持った測定装置の開発もあって新しい進展が次々に生じる。今まで見落とされていた地質観察から新しい仮説が唱えられる。10年前の教科書はいかにも古いと思う場合もある。 大学で「地球年代学いろいろ」というタイトルで講義を行っていた頃は進展に遅れてはいけないと新しい情報に目配りし、講義に取り入れもしていたが、そのような新しい仮説は時によっては短寿命で消えて行く。あの講義で取り上げていた内容はその後どうなっただろうかという興味もあって、この本を読みはじめた。次のような章立てになっている。
目次を見ただけで「なるほど、これは『地球の進化史』であって、『生物の進化史』ではない」ということがわかる。生物の進化に気をとれるとカンブリア紀以降が長くなるが、この本では第10章だけである。第1章が地球全史、第2章から第5章が冥王代、第6章と第7章の大部分が始生代、第7章の一部と、第8章、第9章が原生代、第10章が顕生代という振り分けである。冥王代にページが割かれているのが特徴である。 取り上げられた話題は私が講義を行っていた頃に既に発表されていたものがほとんどで特に目新しいものはないが、「岩と生命の共進化」という見地から再構成している。山形大学在職中に生物の先生の「動物と植物の共進化」という講義を聴いた。植物が変化するとその植物を食物としている昆虫も変化するといったことが「植物と動物の共進化」である。著者の主張する「岩と生命の共進化」とは「生命の誕生により固体地球が影響を受け変化し、その影響が再び生命に反映する。これが繰り返される。」 ということである。もっとも端的な例として「光合成生物によって作られた酸素が地球を酸化的環境に変え、それに伴い海水中の鉄が酸化鉄になって沈殿した。」という、縞状鉄鉱床の形成をあげればいいだろう。この本にはあげられていないが、「ウランも酸化ウランになると水に溶けるようになり、水の流れによって堆積鉱床を作るようになる。20億年以上前だとウラン235の濃度が高いので、堆積岩が水を含んでいれば、その水が減速剤となり天然原子炉が運転を開始する。」というのもよい例になるだろう。 第1章では、読みはじめたばかりのところに著者の思い違いであろうつまらないミスがいくつかあり(「それでできたヘリウム原子核は、元の水素原子核2個よりも」→「それでできたヘリウム原子核は、元の水素原子核4個よりも」;「中心部の炭素はさらに融合してネオンに、ネオンは酸素に」→「中心部の炭素はさらに融合して酸素に、酸素はネオンに」;隕石をコンドライトとエイコンドライト分けているが、未分化隕石と分化隕石である。分化隕石の中に隕鉄、石鉄隕石、エイコンドライトが含まれる。)今後どうなるのかと、心配になったが、著者自身の研究分野になると文章もなめらかになり、研究余話といったものを加える余裕も出て来て、楽しく読める。自分の説も含めいろいろの説を紹介しているのは、この分野の研究が現在進行中であることを感じさせる。 私が講義を行っていた頃の教科書にはまだ取り入れられていなかったジャックスヒルのジルコンの話やスノーボールアースの話も筋の中にきちんと納まっていた。 翻訳には多少問題がある。専門用語で正しく訳されていないものがある。化学組成がおなじで結晶構造の異なる鉱物を「異形体」とよんでいるが、地学事典にはない用語である。「同質異像」または「多形」であろう。「二枚貝とカタツムリの化石」というのもあるが、これは「二枚貝と巻貝」なのではあるまいか。これは訳者の問題というより監訳者の問題なのかもしれない。学問的な部分をチェックするのは監訳者の責務であろうから。 |