地球はなぜ「水の惑星」なのか   水の「起源・分布・循環」から読み解く地球史
唐戸俊一郎[著]、 講談社 Blue Backs、2017年発行 1000円 + 税



   実はこの次に紹介するつもりの、井田茂著「系外惑星と太陽系」を買うつもりで出かけたのだが、こちらの方を先に見てしまったので、まずこちらを読むことにした。

 唐戸君は大学での私の1年後輩である。山形大学の地球環境学科にいた時は外部評価のために山形に来ていただいたこともあった。
 私の専門と近いと言うわけでもないのだが、固体地球の物性に関しては授業でも扱わなければならないので、専門の教科書、一般向け解説書、そして時には学術論文にも目を通していた。唐戸君の書いたものでは2000年に東京大学出版会から出た「レオロジーと地球科学」が大変面白かった。 「岩石がまだ地球深部にある時はオリビンなどの結晶中に少量だが水(水素)が溶け込んでいる。そのため岩石は柔らかく、地震波速度も遅い。岩石が上昇するにつれて部分溶融の度合いがふえ、水が鉱物の結晶からメルトに吸いとられていく。そのため鉱物の変形強度(粘性率)や地震波速度は増加する。この段階ではメルトの量は少ないので岩石全体としての性質はほぼ鉱物の結晶の性質で決まっており、その結果この段階では、部分溶融によって岩石が固くなるという異常な現象が起こるはずである。この柔らかいマントル(アセノスフェア)から堅いマントル(リソスフェア)への変化は65km付近で急激に起こる。」「このモデルでは、アセノスフェアのさまざまな地球物理学的異常(地震波の低速度、高い電気伝導度、低い粘性率)は全て(高い温度と)多量に存在する水のせいということになる。とくに水が大きな効果を持つのは、アセノスフェアに部分溶融が存在しないかその程度が低いために鉱物中に多量の水(水素)が溶け込むためだと考えられる。従来の教科書に書いてある、アセノスフェア=部分溶融層という考えとは全く逆の考えである点に注意してほしい。中央海嶺直下での浅い部分で起こった大量の部分溶融によって水が抜き取られ、ひからびた部分がリソスフェアである。」今回の一般向け解説書も、地球に含まれた水が地球にどんな効果を及ぼしているかを解き明かして行くものであった。
目次を紹介しておこう
    序章ユニークな惑星、地球
    第1章地球についてのABC
    第2章惑星の水はどこから来たのか宇宙での元素合成と太陽系の平均化学組成
    原始太陽系内の元素の分布と惑星形成プロセス。
    地球型惑星の水はどこから来たか? 
    第3章水が地球の性質を変える水の相図と惑星大気の進化
    含水鉱物
    鉱物絵の水の溶解度
    メルトへの水の溶解度と岩石の融解
    水と鉱物の性質
    第4章マグマの海と地球の水マグマ・オーシャンと地球(惑星)の初期進化
    大気と海洋の形成
    第5章水は地球の内部をどう循環しているか地球型惑星ダイブでの物質の大循環ーーマントル対流
    プレートテクトニクス
    他の惑星でのマントル対流
    プレートレクトニクスと水の循環
    第6章地球、月、惑星の水マントルの水の分布ーー岩石資料に含まれる水からの推定
    マントルの水の分布ーー地球物理学的観測からの推定
    海水量の変動の歴史
    月の水
    他の地球型惑星の水
    地球惑星内部の水についてわかってきたこと
    第7章水惑星に残された謎
    第8章地球惑星科学を学びたい人のために 

 地球は「水の惑星」と言われるが、他の地球型惑星や小惑星と較べて、水の含有量が高いわけではない。地表にある水の量は重量でいえば全地球の0.023%程度。マントルに含まれると考えられる水の量をくわえても高々0.1%程度と考えられます。この水の量は他の地球型惑星や普通の隕石が含む水の量と差がありません(コンドライトの中には10%以上の水を含むものもある)。そんな地球が広く「水の惑星」と呼ばれるのは、「海」という形で地表に水を保っているからです。しかし、地球の水はマントルの方に多く含まれていて、この深部の水が地球の活動に大きな影響を与えていることをこの本は強調しています。
 そんな「水の惑星」地球ですが、水がどこからもたらされたかについてはまだよく分かっていないようです。あい続く太陽系とは似ても似つかない系外惑星の発見によって、20世紀末に確立したと思われていた太陽系形成の理論は見直しを迫られていて、例えば、木星、土星が 火星軌道くらいまで太陽に近づいた後現在の配置に遠ざかったというような、惑星が太陽系の中を動き回るようなモデルも現れています。そのようなモデルを取り入れれば簡単に解決するのかもしれませんが、従来の太陽系形成モデルでは、太陽から3天文単位くらいの距離に "Snow Line"があって、その内側では水は凝縮(固化)せず、従って、地球型惑星は水を取り込めなかったということが定説であったようです。そのため、地球型惑星が出来た後で別の天体衝突などによって水を持ち込むという必要が出て来ます。水をもたらした天体として、彗星起源の小惑星、炭素質コンドライトなどが候補になりますが、彗星の水は同位体組成が地球のものとは大きく異なり、炭素質コンドライトの場合は水と一緒に持ち込まれるであろう炭素と窒素の量の割合が大きく異なり、単純に地球の水の供給源とは結論できないようです。ただ、唐戸君は地球型惑星の材料になった微惑星も隕石程度の水は含めたと考えているようです。
 地球にマグマオーシャンがあったという直接的な証拠はないが、月にはあった。しかし、惑星形成の理論に従えば月の大きさでは軽すぎてマグマオーシャンは出来ない。月にマグマオーシャンがあるのは火星サイズの原始惑星が地球に衝突し、大量の岩石が蒸発し、その一部が固まって月になったという衝突起源説に従えば説明可能という。月サイズの惑星が生じる際には周囲のガス圧が低すぎて液体の水は生じず、水は惑星から逃げるが、衝突起源の場合は月は0.1から1気圧程度のガスの中で形成されるので、液体の水が凝縮し、容易にメルトに捕らえられ、その結果岩石が溶けてマグマオーシャンが出来たという。また、地球にもマグマオーシャンは出来たはずで、そのマグマオーシャンが冷えて固化する時、マントルのそこから上に向かって固化して行くなら下部マントルの水は全て地表に放出されるが、下部マントル上部付近が最初に固化すれば、下部マントルの底には水が押し込まれてしまったかもしれない。その場合はマントル下部に大量の水が存在することになる。またコアに水(水素)が溶け込んだ可能性についても書かれている。
 マントル対流は全ての地球型惑星に存在するが、地球以外では対流は地表にまでおよばない。地球だけがプレートテクトニクスによって表層と深部の間の物質循環を行っている。水は表層に留まらず深部地球も含めた範囲で循環しているので、海水の量も時間的に変化する可能性がある。
 水という観点を中心に地球の特徴を描き出し、系外惑星も考慮しながら、生命の存在しうる惑星に関して考察している。

 まさに現在進行中の話題を盛り込んだ本であるだけに、定説が存在せず、いろいろな切に気を配りながら唐戸君の主張を打ち出しているのだが、ところどころで唐戸君自身の立ち位置も揺れている気がする。どこか、ストリーの一貫性に欠けるような気がした。  




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