期待していた以上の内容だった。もう一度読み返してから紹介しようとしているうちに時間が経ってしまった。まず目次を紹介しよう。 序文 第1部 人類の遠い過去の歴史
第2章 ネアンデルタール人との遭遇 第3章 古代DNAが水門を開く
第5章 現代ヨーロッパの形成 第6章 インドを作った衝突 第7章 アメリカ先住民の祖先を探して 第8章 ゲノムから見た東アジア人の起源 第9章 アフリカを人類の歴史に復帰させる
第11章 ゲノムと人種とアイデンティティ 第12章 古代DNAの将来 今から15年ほど前、私は山形大学で「地球年代学いろいろ」という一般教育科目を担当していた。宇宙の初めから始めて、人間の位置づけで終わろうという構想であったから、今でいうなら「Big History」ということになろうか。ただ、普通の宇宙史、地球史ではなく、私の専門であルネン大学を中心において、宇宙史、地球史の年代がどのようにして決められるのかということに焦点を当てた授業にしようという目論見であった。その授業の補助として作った「地球年代学いろいろ」のページは今もこのホームページの中で見ることができる。 人類の進化について話を進めようとすると、どうしても「遺伝」「DNA」などが話題になり、「分子進化学」や「分子時計」の解説書にも目を通すことになった。「ミトコンドリア イヴ」が話題になり、「チンパンジーとヒトの分岐は500万年前」といった説がDNAの分析から提起されて衝撃を与えていた頃である。ヒトのゲノムの完全解読が完了したと報告されたのは2003年のことであった。その頃は、ゲノム解読は一大事業であった。その点ミトコンドリアやY染色体のゲノム数は少ないので、比較的用意に分析できたようである。 この本を読んでまず感じたことは、ゲノム解読が大変簡単になったのだなということだった。私が授業をやっていた頃にも化石骨からDNAを取り出す試みがなされていたが、それはごく当たり前のことになったようである。現代人のDNAを分析することによって、進化系統図を作るだけでなく、化石骨のDNAを分析することによって、より確実な情報、あるいは現生の人類のDNAだけからでは得られない情報を得ることができる。しかし、古代人のDNA分析には最新の技術と細心の注意が必要である。化石骨のDNAを抽出するとその大部分はあとから住み着いたバクテリアのものであり、場合によっては、研究者自身を含めた最近の人間からの汚染であるという。この中から目的のDNAをつり上げる技術が開発され、またゲノムワイドの分析がごく簡単にできるようになったから、この本に書かれている研究が可能になったのである。 この本を読み始めた時私の興味は「ネアンデルタール人と現生人類が交雑したというが、どの程度だったのだろうか」ということであった。この分析が可能になったのは、ネアンデルタール人の化石ゲノムがきちんと測定できるようになったからである。ネアンデルタール人の化石から得られたゲノム情報を現代人のゲノム情報と比較したことにより、非アフリカ人のゲノムの2%程度がネアンデール人から由来していると結論されている。 ホモサピエンスの登場によって消し去られたヒトの代表がネアンデルタール人であるが、その他にもシベリアから発見されたデニソワ人も絶滅したヒトであるという。ネアンデルタール人は化石によって存在が認められていたが、デニソワ人の化石は小指の骨と3個の大臼歯しか知られておらず、DNA分析によって初めて新種の絶滅したヒトと認められた。ホモサピエンスと、ネアンデルタール人とデニソワ人の共通先祖との分岐は77万年前から55万年前までの間、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐は47万年前から38万年前までの間と書かれている。デニソワ人のDNAはニューギニア人のDNAの3〜6%を占めるという。その後の分析で、デニソワ人のDNAは1%に満たないレベルではあるが東アジア人の中に広く認められることが分った。 DNAから調べるとシベリアのデニソワ人はニューギニア人に痕跡を残したデニソワ人に較べてネアンデルタール人に近いらしい。シベリアでは現生人類とネアンデルタール人、デニソワ人が長期間にわたって共存していたらしい。(22Aug.,2018 Nature に S. Brown et al.で「デニソワ洞窟から回収された骨[小さい破片でDNA分析するまでは人間のものとは思われていなかったらしい。]のDNAを分析したところ、この骨は10代の少女のもので、母親はネアンデルタール人、父親はデニソワ人と認定された。」ことが報じられている。)現生人類、ネアンデルタール人、シベリアのデニソワ人、ニューギニア人に痕跡を残したデニソワ人のDNAを較べて行くと、今では痕跡も残さない別種の人類の存在もほの見えてくるという。今はデーターがどんどん集まる時期。全く新しい展開が始まってもおかしくない時代だ。 第2部以降はDNA分析に基づいて人類の移動を追跡する物語である。話題はどうしてもヨーロッパ人、アメリカ人の移動に重点が行きがちである。インド人を除くアジア人に割かれたページは少ない。なじみのない文明期の名称が出て来て少々読みづらかった。縄文時代といわれればわたしには身近だが、ヨーロッパ人は草ではなかろう。我慢するしかない。 なるほど、こんな苦労もあるのだと感じ入ったのは、研究に入り込んでくるナショナリズム、民族主義といった話である。アメリカインディアンは祖先のものであると言って古代インディアンの骨を研究に供することに難色を示す。中国、日本なども自分の国で出て来た骨は自分のところで研究しようというわけで、手に入れるのが難しいようだ。これらの国にも研究施設が出来ているようなので、今後はデータが出てくるだろう。科学以外のところでの苦労がいろいろあることを痛感した。 特筆することは、内容が大変新しいこと。大部分の研究が2010年以降行われたものであり、最も新しい文献は2017年のものである。この本自体も2018年に出版され、2018年夏には翻訳されているのである。 ともかく、読んで大変興奮した本である。興奮を味わうには読んでもらうしかない。第2部の紹介に変えて、表紙裏と扉にかけてのせられている図をここに載せておく。 |