植物たちの戦争  病原体との5億年サバイバルレース
日本植物病理学会[編著] 講談社 ブルーバックス 2019年発行 1000円 + 税



 本屋の店頭で見つけた。面白そうだなと思ったがその時は買わずに帰った。2週間ほどしても気になる本だったので、購入した。
 大変面白い内容だった。と言っても、私の専門からは遠いし、すんなり頭にはいるという内容でもない。面白さに任せて、まずは細かいことは気にせず一気に読み上げ、気になったところ、よく分からなかったところはもう一度読もうという戦略で臨んだ。
 「はじめに」と題された前書きに、「この分野をよく知らない読者にも魅力が伝わるように基礎的なことから紹介していますが、新しい研究成果の解説では、最前線を実際に切り拓いている研究者の息づかいが伝わるような本になっていると思います。」とある。「この分野をよく知らない」という、「よく」がどの程度を指すのかよく分からないが、そして、「基礎的なことから」という「基礎」がどの程度を指すのか不明であるが、部分的にはかなり高度の基礎知識が求められているような気がする。「遺伝」「DNA」「発生」などに関して少なくとも高等学校の生物、あるいは大学教養程度の生物の知識が求められているように思う部分もある。私は、高校では物理、化学を中心に学んだので、生物に関しては高校1年が最後だった。大学1年の時に動物学、植物学があったが、発生とか、DNAの転写などを系統的に学んだ覚えがない。それ以上に、分子生物学や、生化学は私が大学に入った頃は最先端、あるいはまだ始まっていない分野も多かったのだと思う。興味はあったので、科学雑誌や、新書などで、ある程度のことは学んだが、欠落している部分が多いだろう。歯が立たないとまでは言わないが、結構噛みごたえのある部分のある本だった。
 まず目次を紹介しておこう。

    はじめに
    序章: 植物と病気と人間社会
    第1章:植物の宿敵たち
      1−1 植物に病気を起こす「微生物」
      1−2 どんな植物の病気があるのか
    第2章:植物病原菌はどうやって病気を起こすのか
      2−1 病原菌の武器 —–––– 宿主特異的毒素
      2−2 感染器官の形態形成
    第3章:植物はどうやって病気から自らの身を守るのか
      3−1 細胞の守りを固める。
      3−2 化学兵器による防禦
      3−3 植物の焦土作戦である過敏感反応
      3−4 一風変わった植物の防禦機構

    第4章:植物と病原微生物のはてしなき「軍拡競争」
      4−1 エフェクターをめぐる戦い
      4−2 ちいさなRNAを介した植物とウィルスの攻防。 

    第5章:植物と微生物の寄生と強制をめぐる「共進化」
      5−1 微生物と植物の相互作用の始まりとその進化
      5−2 絶対寄生菌の特殊な進化
      5−3 植物と互助関係を築いた微生物たち
      5−4 植物に関わる微生物のダイナミックな進化機構
    第6章:植物の病気から生まれた科学的な発見
      6−1 植物の病気から見つかった植物ホルモン
      6−2 分子生物学におけるタバコモザイクウイルスの役割
      6−3 アグロバクテリウムと遺伝子組換え植物
      6−4 究極のナマケモノ細菌「ファイトプラズマ」
    あとがき
    筆者紹介
    索引

    第1章は基礎事項の説明が中心である。植物に病気を起こす微生物は、真菌、細菌、SAR(卵菌、ネコブカビ)、それに微生物とは言えないが、ウィルスおよびウィロイドが挙げられる。(この部分で全生物の系統図が示されるが、5界説でも、3ドメイン説でもない最新の説が示されている。私が習った時はまだ5界説にもなっていなかった。)病原菌には生きた植物細胞に寄生しないと生きて行けない「絶対寄生菌」、寄生はしたいが、出来なくても腐生菌として生存可能な「条件的腐生菌」、生きている細胞を積極的に殺し死後栄養を摂る「殺傷菌」という説明。その他、「多犯性」「宿主特異性」「親和性菌」「感受性」「抵抗性」といった用語の説明もある。植物の病気としては、イネいもち病、さび病、べと病、青枯病、キュウリモザイク病、てんぐ巣病について簡単な解説がある。

    第2章では、病原菌の中の真菌を取り上げ、植物細胞に侵入する仕組みを説明する。真菌とはカビ、キノコの仲間である。人間のミズムシの病原菌も真菌である。ただ、人間を初めとする動物に取り付く真菌は数が少ないらしいが、植物については病原の80%以上が真菌ということである。
    植物病原菌は多くの物が特定の宿主にしか取り付けない。二十世紀梨には、他の梨には発症しない「ナシ黒斑病」が発生する。この菌が分泌する化学物質に対して二十世紀梨だけが感受性を持っているためである。どうも、新しい品種が開発されると、その品種が感受性を持つ病原菌が出てくるらしい。新品種が現れてから変異するとは考え難く、以前から毒素は生産していたが、たまたま感受性の品種が出て来たので大流行するらしい。この変異は多様性を高くする生存戦略が隠れ見えるが、遺伝子はそのような「無駄」を許しているらしい。その方が子孫を残すチャンスがふえるから。
    植物細胞に侵入するためには付着器を形成し、あるものはメラニンを含む皮膜で付着器の中の膨圧を高め(80気圧になると言う)、その圧力で細胞壁を破って細胞内に侵入する。あるいは、気孔周辺細胞の出っ張りを感知して気孔の縁に付着器を創り気孔を通して侵入する。

    第3章、第4章は病原菌に対する植物側の防衛体制、それに対する細菌側の対策、さらにエスカレートする相互の対策についてまとめてある。この辺りは化学物質名が結構面倒くさく、読むのに苦労した。だまし合いと言うか、軍拡競争というか、読んでいてただただあぜんとするのもこの辺りである。

    第5章では植物と病原菌の共進化について。寄生と共生の区別はかなり曖昧なところがある。植物にとっても利益になる点があれば共生、なければ寄生ということになる。ただ商品作物などでは人間に害が出れば寄生に分類されてしまうこともある。動物に食べられないような毒を生産するような場合は、植物にとっては役に立っていても、農業には不適当である。人間に害があれば「害虫、害獣」ということと同じである。(共進化という概念も、山形大学の教養セミナーで生物のY先生の講義を聴いて面白いと思っていた。Y先生の話は、花の形と蜜を集める昆虫の口の形の共進化であった。)

    第6章で面白かったのは、イネばか苗病からジベレリンが発見され、種無しぶどうに結実したこと。遺伝子組み換えが元々はアグロバクテリウムという細菌の病原機構を利用したものであること。第1章のコラムには病気にかかった植物を珍味として食に供する(マコモダケなど)ことが紹介されていたが、人間とはとんでもない生き物であるというのが偽りのない感想である。

    全体に、遺伝学、発生額、分類学など最新知識の上に話が進んでいるので、あわててネット検索で知識を求めるようなこともあった。
    先端の研究者9名が分担して書いただけあって、まだ結論の出ていない最先端の話題をふんだんに取り入れていて、「現在進行中なのだ」という感じを強く持たせる。その一方で、もし一人の著者が書いたのなら、もっと研究者個人のこだわりみたいのものが出たのではないかとも思った。(20190507)


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