今年の春、デヴィッド・ライクの「交雑する人類」を読んだ。大変面白かった。
ライクはスヴァンテ・ペーボに誘われてネアンデルタール人の遺伝子解析に携わることになった。ネアンデルタール人の遺伝子解析はペーボがアカデミックライフをかけたプロジェクトだったのである。この本はペーボ自身がネアンデルタール人にかけた自分の研究生活の歴史を振り返ったものである。もちろんペーボはまだ研究を続けているし、続々と新しい成果がもたらされているから、アカデミックライフの中間報告ということになろうか。ネアンデルタール人の核DNAの解析に成功し、世界中の誰もが知らなかったデニソワ人をDNA分析で発見したところで本編は終わりになって、その後の発展があとがきで少し補充されている。
まず目次を紹介しておこう。
第1章 よみがえるネアンデルタール人
1996年のある晩、わたしの研究室からの電話が鳴った。長年の努力の末、絶滅し、失われたはずのネアンデルタール人のDNAを骨から復元できたのだ
第2章 ミイラのDNAからすべてがはじまった
1981年、医学生だったわたしは昔からの憧れのエジプト学と分子生物学の合体を思いつく。ミイラのDNA抽出を実験し、当代一の学者の目に留まった
第3章 古代の遺伝子に人生を賭ける
1987年、古代ゲノム研究の道を選んだわたしの人生は転換点を迎える。「PCR法」で古代動物DNAを増幅する実験を重ね、正教授のオファーが来た
第4章 「恐竜のDNA」なんてありえない!
1990年、ドイツに移ったわたしは現代のDNA混入への対処に苦闘する。一方、学界では何千万年も前のDNA復元と称するいい加減な研究がはびこる
第5章 そうだ、ネアンデルタール人を調べよう
1993年、古代人「アイスマン」を解読したが、現代人との区別は難しかった。もっと古く、かつ、ある程度DNAが残るのは……ネアンデルタール人だ
第6章 2番目の解読で先を越される
1章で述べた「ミトコンドリアDNA」復元に続く第二のネアンデルタール人解読をめざし1997年に骨を入手したが、他の研究者に先を越されてしまう
第7章 最高の新天地
1997年、思わぬ機会を得て、マックス・プランク協会の進化人類学研究所を創立できることに。すばらしい施設を立ち上げ、私生活も大きく変わった
第8章 アフリカ発祥か、多地域進化か
1997年の論文で現生人類の出アフリカ説を採用したわたしは多地域進化論者の批判を受ける。それには答えたが、真の結論には「核DNA」調査が必要だ
第9章 立ちはだかる困難「核DNA」
1999年、1万4000年前の永久凍土のマンモスから核DNAの抽出に成功する。だが冷凍保存でないネアンデルタール核DNA復元は不可能に思えた
第10章 救世主、現れる
2000年にわたしが顧問となったDNA増幅の新技術「次世代シーケンサー」は生物学全体を変えるほど強力だ。ネアンデルタール人復元も現実味を帯びる
第11章 500万ドルを手に入れろ
2006年、わたしは2年以内のネアンデルタール・ゲノム解読を宣言した。しかし次世代シーケンサーの500万ドルもの費用を始め、次々と難題が襲う
第12章 骨が足りない!
ゲノム解読にはとにかく骨が必要だ。2006年、新たなネアンデルタール人の骨試料をもらいにザグレブに向かった。だが、不可解な力が骨の入手を阻む
第13章 忍び込んでくる「現代」との戦い
シーケンスの進歩を待つだけではダメだ。2007年はDNA精製の効率化の徹底を図った。だが必ず混入する現代のDNAを検査する方法が見つからない
第14章 ゲノムの姿を組み立てなおす
増幅したバラバラのDNAの全容を知るには、それを組み立てなおさなくてはならない。新しい方法を試すたびに難題が起こったが、少しずつ前進していく
第15章 間一髪で大舞台へ
約束の2年が近づき、発表は2009年2月に決まる。シーケンス担当を新会社に交代させ、発表6日前、間一髪でゲノム解読に必要な配列データが届いた
第16章 衝撃的な分析
わたしが2006年から集めていた凄腕科学者のチームは、交配の問題に取り組んでいた。2009年のゲノム配列の発表直前、彼らから衝撃的な報告が
第17章 交配は本当に起こっていたのか?
ゲノム解読には成功したものの、彼らと現生人類が交配したらしいという分析は、慎重に検証する必要がある。しかしライバルの存在にわたしは焦っていた
第18章 ネアンデルタール人は私たちの中に生きている
2009年5月から現代人のゲノムとの比較をはじめた。そして、25年夢見てきた結果が出た。現代人の中にネアンデルタール人のDNAは生きているのだ
第19章 そのDNAはどこで取り込まれたのか
5万年前、アフリカの外に足場を築いた現生人類は、急速に世界に拡散した。彼らはどこでネアンデルタール人のDNAを取り込み、今に伝えたのだろうか
第20章 運命を分けた遺伝子を探る
ヒトとネアンデルタール人を分けたのは何なのか。ゲノム情報は将来その答えを示すだろう。ヒト特有の変異のうち5つだけでも興味深い事実ばかりなのだ
第21章 革命的な論文を発表
2010年5月、ついに『サイエンス』に論文を発表し、彼らと現生人類の交配の事実を世に問うた。大反響があり、年間最優秀論文に。格別の喜びだった
第22章 「デニソワ人」を発見する
2009年、デニソワ洞窟の小さな骨がわたしに届いた。さして重要とも思わなかったが、一応DNAを調べると、なんと未知の絶滅した人類だったのだ
第23章 30年の苦闘は報われた
2010年、デニソワ人の核DNAも解読し、『ネイチャー』に論文を発表した。30年前の夢は夢をはるかに超える成功をもたらし、わたしは深く満足した
あとがき 古代ゲノムに隠された謎の探究は続く
研究生活の半世紀という形なので、基本的には時の流れに沿って記述がされる。しかし、ところどころアカデミックライフとはあまり関係なさそうな挿話も挟まれる。自分にホモの傾向があること、父親が二重生活者で自分は婚外児であること、友人の奥さんと交際して最終的には結婚したことなどなど・・・。私にはなくてもいい挿話である。
研究生活に伴う旅行、他の研究者との関係などもかなり詳しく記述されている。研究室の運営も詳しい。この辺り、大学人として現役時代に読めばもっと生き生きと感じただろう。
肝心のネアンデルタール人のDNAの研究に関しては詳しく書かれているが、研究装置や、研究技法の説明はなかなか捉えきれないところもあった。ただ、ヒトのDNA解読プロジェクトが走り始まらない頃から、解読が完成した後の時代にかけて研究時期が重なっている。この間、研究に使う技法も進歩し、実験装置も次々に開発され、初めの頃には実行不可能と思われた研究もどんどん可能になって行く。その新しい装置をどんどん使いこなして行かなければならないし、また、自分たちも新しい解析法、実験法を開発して行かなければならない。時代の最先端にいつでも乗っていなければならないのは、資金の面からも大変なことに違いない。
特に印象的だったのは、自分たちの実験手法を徹底的に見直してDNAのサンプル作成の際に95%以上が失われていることを突き止め驚異的なDNA回収率を実現したことである。DNA分析が驚異的なスピードで出来るようになったのは実験機器の改良だけでなく、実験手法の驚異的な進展もあったことがよく分かった。
なお、デニソワ人のDNA分析に関してはナショナルジオグラフィックなどで、その後の進展をテにいてることができる。
(20190920)
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